渋谷の交差点で、右折待ちをしているときでした。
エンジンが、止まりました。
アイドリングストップではありません。完全に、落ちたのです。都内の交差点のど真ん中で。
結論から書くと、この症状の原因は最後まで分かりませんでした。ディーラーでも、中古車屋の診断機でも。そして私は、この車を手放しました。
ただ、今になって「あれが原因だったのではないか」と思っていることがあります。自分でやった、カーオーディオの改造です。
還暦記念に買った、赤いF31
2017年2月、還暦の記念にBMW 3シリーズツーリング(F31・320d)を中古で買いました。「還暦号」と呼んで可愛がっていた車です。

私はカーオーディオが趣味で、車が変わるたびにスピーカーやアンプを載せ替えて連れて行きます。この車でも、当然のように改造を始めました。
まずはコーディングから
やりたかったのは、純正ナビからデジタル音声を取り出すことでした。そのためには「コーディング」——つまりノートパソコンを車に繋いで、車両のソフト設定を書き換える作業が必要だと分かりました。

コーディングキットを購入して、まずは練習から始めました。いきなり本命に手を出して失敗したくなかったからです。
使ったのは、車のOBDポートとノートパソコンを繋ぐインターフェースです。FT232RLというチップが載ったUSBケーブルで、EDIABAS・INPA・NCS Expert といったBMW用のソフトから車両にアクセスできるようになります。特別な機械ではなく、この一本があれば始められます。
- デイライト機能の追加
- エンジン始動時に、アイドリングストップを自動でOFF
- エンジン始動時に、ECO PRO(エコ走行モード)を自動でON

当時の記録にはこう書いてあります。
最初はちょっとビビりながらやってましたが、全然難しくもなく、ゆっくりやっても、1時間ほどで終了。
拍子抜けするほど簡単でした。設定画面にも、もともと無かった項目がちゃんと増えます。


ここまでは、楽しい話です。
本命は、光ケーブルの分岐だった
本当にやりたかったのは、その先でした。
BMWの純正オーディオは、MOSTという規格の光ケーブルで信号をやり取りしています。ここから信号を取り出して、Bit DMIという変換機に入れてやれば、デジタルのまま外部のシステムへ音を送り出せる。音質を突き詰めるなら、ここが本丸です。
そのために、純正ヘッドユニットの裏からMOST信号を分岐する必要がありました。


配線を終え、コーディングをして、動作確認済みのDACとプリアンプを経由してアンプへ。
音は、出ませんでした。
「初物にはつきもののトラブル」
当時の記録です。
初物にはつきもののトラブル。今回も期待を裏切らずにしっかりとありました。
昼ご飯を食べて気分を入れ替え、マニュアルを読み直すと、どうやら車種別の設定が必要らしいと分かってきました。
MOSTは欧州車の統一規格なので、Bit DMIは単に物理的な信号変換をしているだけだと思い込んでいたのですが、そうではなかった。パソコンに繋いで、設定をEurope、BMWとして書き込む必要がありました。
結局、先にやっていた人に会いに行った
それでも解決しきれず、私はネットを探し回りました。
そして、みんカラで同じことを先にやっていた方を見つけたのです。京都の方でした。
思い切って連絡を取ってみると、定期的に車好きの集まりをやっているとのこと。それならばと、その集まりにお邪魔させてもらって、直接教えていただきました。
おかげで、無事に音が出ました。
ネットで調べて分からないことが、人に会うと10分で解決する。これは車いじりに限らず、よくある話だと思います。ブログや整備手帳を書いてくれている先人には、本当に頭が下がります。
そして、渋谷の交差点
しばらくは快調でした。音も良くなり、デイライトも点き、還暦号は楽しい車になっていました。
ずっと後の話です。
この車で東京へ出かけることになりました。毎年恒例の飯田の花火大会に行った後、東京で用事があり、スケジュール的に車で回るのが一番楽だったのだと思います。
そして冒頭の場面です。渋谷の交差点、右折待ち。エンジンが落ちました。
その時は、スタートボタンを何度か押したらかかりました。焦りましたが、動いたので事なきを得ました。
問題はその後です。何かの拍子に、エンジンがかからなくなるという症状が、ときどき出るようになったのです。
ディーラーでは、症状が出ない
ディーラーに持ち込みました。
ところが、症状が再現しません。こういうときの厄介さは、経験のある方なら分かっていただけると思います。出ないものは直しようがない。
ディーラーの見立ては「ヘッドユニット交換」でした。一声、30万円。
原因が特定されないまま30万円を出す気にはなれず、今度は前のE46を買った中古車屋さんに相談しました。診断機にもかけて、いろいろ調べてもらいました。
結果は、原因不明。
今なら、自分で診断機を持てた
これは後から思ったことですが、いま調べてみると、OBD2の故障診断機がずいぶん手頃な値段で買えるようになっています。Bluetoothでスマホに繋いで、エラーコードを読んで、消すこともできる。当時こういうものがあると知っていれば、間違いなく買っていたと思います。
症状が出るのは決まって出先でした。ディーラーに持ち込む頃には何も出ない。その場でコードを読めていれば、話はまったく違ったはずです。「症状が再現しません」で終わらせずに済んだかもしれません。
原因不明のまま車を手放すというのは、思っている以上に後味が悪いものです。同じような不具合を抱えている方には、まず自分の手でコードを読んでみることをおすすめします。
安心して乗れないので、手放しました
車としては気に入っていました。それでも、いつエンジンが止まるか分からない車には、安心して乗れません。同乗者を乗せるなら、なおさらです。
売ることにしました。1年9か月の付き合いでした。
正直なところ、下取り査定の最中に症状が出たらどうしようと、内心冷や冷やしていました。幸い、その日は何事もなく終わりました。
後日、ふと思ったこと
ここからは、確かめようのない話です。
手放してからしばらくして、ふと思いました。ひょっとすると、あのエンジン停止は、私がいじったオーディオの光配線が原因だったのではないかと。
MOSTの光ケーブルというのは、単なる音声の線ではありません。以前どこかで、あれは車全体のバス信号のようなものだと聞いたことがあります。車の中のいろいろな制御が、あの線でつながっている。
そこに私は、外部の機器を割り込ませていました。
そして、もうひとつ引っかかることがあります。売ると決めてオーディオのパーツを取り外した際に、その光ケーブルの分岐も撤去しているのです。
つまり、下取りに出した時点で、あの症状はもう治っていた可能性がある。査定の日に何も起きなかったのも、それで説明がつくのかもしれません。
今となっては、真実は闇の中です。
ただ、これから同じことをやろうとしている方には、この話を知っておいてほしいと思います。音の経路をいじっているつもりが、車の神経に触っているかもしれない。そういう可能性が、少なくとも私の経験の中にはありました。
おまけ:売却後に「10万円まけてくれ」と言われた話
この車には、もうひとつオチがあります。
売却先は、当時よく名前を聞いた大手の買取・販売店でした(今は社名が変わっています)。
売却が済んでしばらく経ったころ、担当者から連絡がありました。
10万円、減額させてください
もう売買は成立して、代金も受け取っています。しかもそのお金は、すでに次の車の頭金に充てていました。返せと言われても、手元にありません。
そこで私は、こう答えました。「弁護士の先生に相談します」と。これは方便ではなく、本当にそのつもりでした。
その場は保留になり、1週間ほどして、また連絡が来ました。
もう結構です
それで終わりでした。「うーん、いったい何だったんだ」というのが、当時の正直な感想です。
後年、その会社が大きな問題を起こして世間を騒がせたとき、あのときのやり取りを思い出しました。やはり、いろいろと問題のある会社だったのかもしれない、と。
車を売るときに、覚えておくといいこと
この経験から、はっきり言えることがあります。
売買が成立したあとの減額要求に、そのまま応じる義務はありません。契約は契約です。もちろん、こちらが重大な瑕疵を隠していたのなら話は別ですが、そうでないなら、慌てて言われるままにお金を返す必要はない。
「弁護士に相談します」と伝えるだけで話が終わることもある、というのは、覚えておいて損はないと思います。
赤い還暦号は、そういうわけで私の手を離れました。楽しい車で、勉強にもなった車でした。今でもときどき、あのエンジン停止は本当に光ケーブルのせいだったのか、考えることがあります。
